木珠写真
木珠


ものしりその1 聖徳太子から伝わった製法

イラスト 木珠というのは、数珠につかわれる木の珠のこと。近江八幡の木珠の歴史は古く、今から約1400年前にさかのぼります。ときは619年。仏教を国教と定めた聖徳太子は、近江の国に48カ寺建立の誓願を立てられ、今の八幡山に願成就寺を建てられました。
こうして聖徳太子によって、近江八幡には早くから仏教が伝えられましたが、このときに、仏教の信仰には欠かせない「数珠」の製造法が伝授されたのです。
当時の技法としては、切り取った木片にまい錐(手ろくろ)という錐で穴をあけ、これを刺したまま曲がりかんなで削って珠を作りました。材料は桑や梅、桜の木で。いずれも「蒲生野」と呼ばれる近江八幡周辺に多く生息していたといいます。

 
ものしりその2 江戸時代には生産日本一に

イラスト 西は野洲、北は犬上方面から良質の木材が産出されることもあり、近江八幡は数珠の製造に非常に適した土地でした。こうしたことから、一般庶民にまで仏教が浸透する江戸時代になると、数珠の製造はますますさかんとなり、全国の木珠のほとんどが、ここ近江八幡で作られています。
当時の数珠屋仲間は17軒で、なかでも城野家は聖徳太子の遺品「鉄鉢」を家宝とする最も古い数珠屋として知られ、全国の諸大寺の数珠所に指定されていました。しかし近江八幡では半製品のまま京都へ出荷し、そこで糸や房をつけて仕上げたのちに店頭に並んだため、産地名としてあまりその名を知られていませんでした。
現在も木珠生産は盛んで、年間100万連、全国シェアの約70%の木珠を製造しています。


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